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矢立(やたて)

  • 2022年11月22日

皆さんこんにちは、株式会社森田工務店の森田晃司です。

先日、最後の大清棟梁家に伝わる昔の小道具箱を紹介しましたが、その中に収められていたものをひとつ、紹介したいと思います。

大工道具かと言われれば、違います。うちの大番頭さん、中番頭さんともにピンと来なかったようで、なぜか小番頭さんが正解に近い回答をしてくれましたが、これは「矢立(やたて)」と呼ばれる昔の文房具で、その中でも柄杓(ひしゃく)型といわれる形状のものです。

「矢立」ときいて、時代小説が好きな方なら、ピンと来る方もあるでしょう。一方で、機動戦士ガンダムシリーズなどのアニメ作家「矢立 肇(やたてはじめ)」氏を思い浮かべる方もあるかもしれません。

今、スマホを上手に使うことで、筆記用具の出番は減りつつありますが、それでも現場や出先で書き物をするのに、ペンはまだまだ不可欠です。私が着ている工務店の作業服のポケットには、ペンや鉛筆を挿すところがあって、とても便利です。

このペンも鉛筆も、江戸時代の日本にはなかったですよね。ところが、当時の建設現場でも、図面に文字を書き込んだりしています。どのような筆記具を使っていたのかと申しますと、やはり「筆(ふで)と墨(すみ」なんです。

前置きが長くなりましたが、図面や書面に、書き込みや署名をするのに、携帯型の筆と、そこに小さな墨壺(インク容器)がついたものが「矢立」です。矢立の歴史は古く、鎌倉時代までさかのぼるそうですが、江戸時代の『奥の細道』で有名な俳人・松尾芭蕉もこうした矢立を携(たずさ)えて旅に出て、行く先々で句を詠み、記したといわれます。

こちらの写真の矢立は古くても江戸後期~明治期ぐらいのものではないでしょうか。ペンや鉛筆の普及とともに、筆は使われなくなりましたので、当社の番頭さんが矢立を知らないのも当然です。

ちなみに、昔の現場における筆記具は、墨指し(すみさし)といって、大工は竹製の棒の先に墨をつけて文字や印を書き込んだりしたようですが、これはまた別の機会に紹介したいと思います。

親方大工は、墨指しの他に、筆でも物書きをする必要がありました。具体的には、今でいう請負の契約書や、お上(役所)への報告書、俸禄(ほうろく=ギャランティ)の受け取りの署名などに使ったものと思われます。

ご先祖さんは、昔の着物の懐(ふところ)だか袖口(そでぐち)から、このお洒落な細工を施した矢立をスッと出し、サラサラ~っと書付けをしたのでしょうか。想像するとチョットかっこいいですね。

昔の大工親方は、ただ建物を建てるだけの仕事ではなかったということがうかがい知れます。ただこれはあくまで私の想像の範囲ですので、最後に「知らんけど」と書き加えておきます。ではまた。